記紀神話

【ざっくり記紀神話】25.初代 神武天皇紀②

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※『古事記』版は記述が少なく、詳細が分かり辛い為『日本書紀』版を元としています。

※神名などの表記も、極力『日本書紀』版に合わせています。

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【あらすじ/要約】

吉野の国津神

●磐余彦尊は、吉野で三柱の国津神に出会う。
●最初に出会ったのは苞苴担之子(にえもつのこ)、次に井光(いひか)、そして磐排別が子(いわおしわくのこ)である。

  ・苞苴担之子  阿陀の鵜飼の祖
  ・井光     
吉野首などの始祖
  ・磐排別が子
  吉野国巣部の始祖

国見丘の八十梟帥

●磐余彦尊が高倉山に登って国中を眺めると、国見丘の上に敵である八十梟帥(やそたける)を発見した
●八十梟帥は女坂に女軍、男坂に男軍を置き、墨坂に炭火を置いていた。女坂・男坂・墨坂の地名はこれが由来になっている。

●また、敵対する兄磯城軍(えしきのいくさ)が磐余村に大勢滞在していた。
●敵軍が陣を張った所は要衝で、道が塞がり皇軍が通過することは難しく、磐余彦尊は困っていた。

天津神の神託 天平瓮/厳瓮/厳呪詛

●その夜、磐余彦尊は、誓約をして眠ると、夢に天津神が現れたこの様に言った。
●「天香具山の神社のを取り、天平瓮(あまのひらか=酒杯)を80枚作り、厳瓮(いつへ=酒瓶)を造り、天津神・国津神を祀り、厳呪詛(いつかのかしり=呪い)をかけなさい。 そうすれば、敵軍は自然と従うだろう」

弟猾と椎根津彦に天香具山の土を取りに行かせる

●磐余彦尊はすぐに神託の通りにしようとしたところ、弟猾がこう言った。
「倭国の磯城邑(しきのむら)には磯城八十梟帥(しきのやそたける)がいて、高尾張邑(たかおはりのむら)には赤銅八十梟帥(あかがねのやそたける)がいます。これらの者たちは皆、あなたに抵抗するつもりでいます。密かにお困りでいらっしゃる様でしたので、私も心配しておりましたが、天香具山の土で平瓮を作って、天社や国社の神を祀り、その後に敵を討てば、簡単に倒せましょう」

●既に夢で神託を受け良い兆しと考えていたところに、弟猾の言葉を聞き、ますます磐余彦尊は喜び、早速弟猾椎根津彦を卑しい老夫婦に変装させ、密かに天香具山の土を持ち帰るように命じた。

●しかし変装したとしても、天香具山への道は敵兵が多く困難を極めた。
●椎根津彦は「磐余彦尊が国を治める天皇であるならば、道を当然のように通れるであろう」と誓約し進んだ。
●すると敵兵は、彼らは見た目の卑しさを笑いながら二人を通したので、弟猾と椎根津彦は無事に天香具山の土を取皇軍の元へ帰還することが出来た。

●磐余彦尊は喜び、すぐに神託の通り天平瓮厳瓮を作り、丹生の川上にて天神地祇を祀り、菟田川の朝の河原に水の泡のようになる(敵軍が儚いものになる)呪いを掛けて、浸けた。

勝利の兆し

●磐余彦尊は「今、天平瓮を使って水なしで飴を作ってみよう。もし飴が作れたならば、武力を使わずに天下を平定できるだろう」と誓約をしたとこ、飴が自然に出来上がった。
●さらに厳瓮を丹生の川に沈め「もし川の魚が酔っ払って浮いてきたならば、私は必ず国を治めるだろう」と誓約をすると、川の魚が皆浮いてきて、口をパクパクさせた。

●磐余彦尊は誓約が成功したことに喜び、真坂樹(=榊)と厳瓮を置き、高皇産霊尊の神霊を自らの身体に憑かせて顕斎(=うつしいわい)した。
●道臣は「厳媛(いつきひめ)」の名で斎主(=神主)を任せられた。
●また、供物は皆 古式の名で呼んだ。

  ・火 厳香來雷(いのかぐつち)
  ・水 厳罔象女(いつのみつはのめ)
  ・食べ物 厳稻魂女(いつのうかのめ)
  ・薪 厳山雷(いつのやまつち)
  ・草 厳野椎(いつののづち)

伊勢に吹く神風

●皇軍は国見丘で八十梟帥を撃破し斬り殺した。
●磐余彦尊は勝利の勢いに乗り歌を歌い、その後も次々と敵軍に勝利していった。

神風の 伊勢の海の 大石にゃ
い這い廻る 細螺(しただみ)の 細螺の
吾子(あご)よ 吾子よ 細螺の い這い廻り
撃ちして止まむ 撃ちして止まむ

【キーワード】

・八十梟帥
・天平瓮
・厳瓮
・厳呪詛
・天香具山
・丹生の川上
・顕斎

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