記紀神話

【ざっくり記紀神話】20.天孫降臨

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※あらすじは、『古事記』版を元としています。

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【あらすじ/要約】

日子番能邇邇芸命の誕生

●建御雷神から葦原中国を平定したと報告を受けた天照大御神高木神(=高御産巣日神)は、日嗣の御子・正勝吾勝勝速日天忍穂耳命に「天降り葦原中国を統治せよ」と命じた。

●天忍穂耳命は「実は天降る身支度をしている間に子供が生まれました。名前は天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命(あめにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎのみこと=邇邇芸命)といいます。この子をお降ろし下さい」と言った。

 天忍穂耳命は高木神の娘の萬幡豊秋津師比売命(よろづはたとよあきつしひめのみこと=栲幡千千姫命のこと)と結婚して生まれた子が、天火明命(あめほあかりのみこと)であり、次に生まれた子が日子番能邇邇芸命である。

●天照大御神と高木神は天忍穂耳命の申し出を受け入れ、邇邇芸命に葦原中国を統治する為天降るよう命じた。

猿田毘古神

●邇邇芸命が葦原中国に降臨する際、天と地の間に上は高天原を照らし、下は葦原中国を照らし仁王立ちでいる神が居た。
●天照大御神と高木神は天宇受売命を呼び「お前は女人であるが、面と向かっても気後せず睨み勝つことの出来る神だ。だから、あの者の所へ行って『我が御子が天降ろうとする道に、居座っているのは誰だ?』と問うて来なさい」と命じた。
 天宇受売命が命令通り問いかけると、道に立っていた神は「私は国津神で猿田毘古神(さるたびこのかみ)と申します。天津神の御子が天降るとお聞きしましたので、ご先導をしようとお待ちしていたのです」と答えた。

天孫降臨

●邇邇藝命の天降りには、天児屋命布刀玉命天宇受売命伊斯許理度売命玉祖命五伴緒(いつとものお=五柱の神)が従い降臨した。

●さらに、天照大御神は三種の神器常世思金神手力男神天石門別神を副え、邇邇藝命には「この鏡を、ひたすら私の御魂と思って、私を御魂を拝するように大切に斎き祀りなさい」思金神には「神の朝廷の政治をしっかりと行いなさい」と言った。

●八咫鏡と思金神は伊勢神宮の五十鈴の宮(=内宮)に祀られている。
登由宇気神は伊勢神宮の外宮の度相(=度会の外宮)に鎮座する。
●天石門別神は、別名を櫛石窓神、または豊石窓神と言い、宮廷の御門の神である。
●手力男神は佐那那県(伊勢国多気郡の佐那神社)に鎮座している。

天児屋命は中臣連(なかとみのむらじ)の、布刀玉命は忌部首(いむべのおびと)の、天宇受売命は猿女君(さるめのきみ)の、伊斯許理度売命は作鏡連(かがみつくりのむらじ)の、玉祖命は玉祖連(たまのおやのむらじ)の、それぞれ祖神(祖先)である。

●邇邇芸命は高天原の御座を離れ、八重にたなびく天の雲を押し分け、堂々とした様子で天の浮橋に立ち、筑紫の日向の高千穂の霊峰に天降った。

天忍日命天津久米命は靫・太刀・弓・矢で武装し、御子の前に立ち先導した。
●天忍日命は大伴連(おほとものむらじ)らの、天津久米命は久米直(くめのあたひ)らの、それぞれ祖神である。

●邇邇芸命は「この地は韓国(からくに)に向かい、笠沙(かささ)の岬まで真っ直ぐに道が通じていて、朝日の輝く国、夕日の照る国である。それで、ここはたいそう良い所だ」と言って、そこに太い宮柱を立て、高天原に届くような宮殿を造り住むことにした。

随行の神々

【五伴緒】
 ・天児屋命(あめのこやねのみこと) ⇨ 中臣連の祖神
 ・布刀玉命(ふとだまのみこと) ⇨ 忌部首の祖神
 ・天宇受売命(あめのうずめのみこと) ⇨ 猿女君の祖神
 ・伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと) ⇨ 作鏡連の祖神
 ・玉祖命(たまのやのみこと) ⇨ 玉祖連の祖

※当時の大和朝廷を支える貴族達の始祖であり、天石戸屋に登場した神々

 ・常世思金神 ⇨ 伊勢神宮内宮に祀られている
 ・手力男神 ⇨ 佐那神社の祭神
 ・天石門別神=櫛石窓神=豊石窓神 ⇨ 宮廷の御門を守る神

先導の神々

 ・猿田毘古神 ⇨ 国津神
 ・天忍日命 ⇨ 大伴連の祖神
 ・天津久米命 ⇨ 久米直の祖神

三種の神器

 ・八尺の勾玉 
 ・八咫鏡 ⇨ 伊勢神宮内宮に祀られている
 ・草那芸剣 

天照大御神の『神勅』

 ・天照大御神⇨邇邇芸命
  「八咫鏡をひたすら私の御魂と思って大切に祀りなさい」
 ・天照大御神⇨思金神
  「神の朝廷の政治をしっかりと行いなさい」

猿田毘古神と天宇受売命の後日談

●邇邇芸命は天宇受売命に「案内してくれた猿田毘古神は、正体を明らかにしたお前が送り届けよ。また、その神の名を自らの名として、これから仕えなさい」と言った。それで、猿田毘古神の名を取り、男女を問わずに猿女君と呼ばれるようになった。

●さて、その猿田毘古神が阿耶訶(あざか=松坂市の一部)で漁をしている時に、比良夫貝に手を挟まれて海に沈み溺れてしまった。底に沈んでいる時の名を底度久御魂と言い、海水がつぶつぶをが湧き上がる時の名を都夫多都御魂と言い、波が白く泡たった時の名を阿和佐久御魂という。

●猿田毘古神を送って帰ってきた天宇受売命は、海の様々な魚を集めて「天津神の御子(邇邇芸命)にお仕えするつもりはあるか」とたずねた。
 魚達が皆「お仕えします」と答える中でナマコだけは何も答えなかった。天宇受売命は「この口はものを答えない口」と言って小刀で口を切ってしまった。その為に今でもナマコの口は裂けている。

●そのようなわけで、代々、志摩の速贄(初物の献上物である海産物)を奉る際には、猿女君達に賜る慣わしがある。

「天津神の御子にお仕えするつもりはあるか」の意味
天宇受売命が魚達に「天津神の御子にお仕えするつもりはあるか」とたずねた真意は「神に捧げる贄(食べ物・献上物)となるつもりはあるか」ということ。他の魚達とは違い、ナマコは贄になりたくなかったようです。

『日本書紀』の三大神勅

天照大御神が邇邇芸命に下した『神勅』は日本書紀では下記のように伝えられている。

宝鏡奉斎の神勅

 「この宝鏡を私と思って、同じ御殿でにお祀りしなさい」

天壌無窮の神勅

 「葦原の瑞穂の国は、我が子孫が統治するべき所である。我が子孫が治めている限り永遠に栄えるだろう」

斎庭の稲穂の神勅

 「私が高天原で食している斎庭(ゆにわ)の稲穂を与えます。これを育て食べなさい」

【キーワード】

・正勝吾勝勝速日天忍穂耳命=天忍穂耳命
・天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命=邇邇芸命
  ※稲穂がにぎにぎしく実る太陽の子の意
・天宇受売命
・猿田毘古神
・五伴緒
 ・天児屋命
 ・布刀玉命
 ・天宇受売命
 ・伊斯許理度売命
 ・玉祖命
・五十鈴の宮
・登由宇気神=豊受大神
・筑紫の日向の高千穂の霊峰
・笠沙の岬

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