記紀神話

【ざっくり記紀神話】19.葦原中国平定② 国譲り

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※あらすじは、『古事記』版を元としています。

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【あらすじ/要約】

建御雷神と天鳥船神の派遣

●天照大御神が「今度はどの神を派遣したら良いか」と八百万の神々に問うと、思金神と諸々の神たちは「天安河の河上の天石屋におられる伊都之尾羽張神=天尾羽張神(いつのおはばりのかみ)か、その子の建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ=建御雷神)が適任でしょう」と答えた。
●天尾羽張神は「私のこ、建御雷神を遣わスノが良いでしょう」と答えたので、天鳥船神(あめのとりふねのかみ)を建御雷神を副えて葦原中国に派遣した。

伊那佐之小浜=稲佐の浜

●建御雷神と天鳥船神は、出雲国の伊那佐之小浜(いなさのおばま)に降り立つと、十掬剣(とつかのつるぎ)を抜いて逆さまに立て、その切先に胡座をかいて座り、大国主神に「天照大御神と高木神の命によりやって来た。お前が支配している葦原中国は、天照大御神が『我が御子が治める国である』と委任された国である。お前はそれをどう思う?」とたずねた。

大国主神の息子達の服従

八重事代主神

●大国主神はそれに対し「私から言うことはありませが、我が子の八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)には言い分があるでしょう。事代主神は、鳥や魚を獲りに美保の岬に行ったまま戻って来ていません」と答えた。

●天鳥船神は八重事代主神を呼び戻させ、再度国譲りを迫った。
●八重事代主神は「畏れ多いことです。この国は天照大御神の御子にお譲りしましょう」と答えると、乗っていた船を踏んで傾け、逆手を打ち船の上に青い柴垣を作ると、その内に隠れてしまった。

建御名方神

●建御雷神が大国主神に「お前のこの事代主神はこのように申したが、他に伝えるべき子はあるか」とたずねると、大国主神は「もう一人の息子、建御名方神(たけみなかたのかみ)がおります。その他にはおりません」と答えた。

●このように話していると、建御名方神が千引石を手に差し上げて持ってきて「誰が俺の国でこそこそ話しているのだ。こうなったら力競べをしようではないか」と建御雷神の手を掴んだ。

●建御雷神は手をたちまちに氷柱に変えたかと思うと、剣の刃にも変化させたので建御名方神は怖れをなして退いた。すると今度は建御雷神が建御名方神の手を取り、若い葦をつかむようにつかみ潰して放り投げてしまった。

信濃国の諏訪の湖 諏訪大社の創祀

●建御名方神は逃げ出した。建御雷神が追いかけ、信濃国の諏訪の湖まで追い詰めて殺そうとすると、建御名方神は「お許し下さい。どうか私を殺さないでください。この土地より他の場所には参りません。父・大国主神の命に背かず、兄・八重事代主神の言葉を違えません。この葦原中国は天津神のご命令に従いをお譲りします」と言った。

国譲りと出雲大社の造営

●建御雷神は再び出雲に戻ると、大国主神に「お前の子ら、事代主神、建御名方神は天津神の御子のご命令に従う事を約束した。お前の心は如何か」と再度たずねた。

大国主神の国譲り 出雲大社の創祀

●大国主神は「私の子供達が申し上げた事に従いこの国を天津神に差し上げます。違えることはありません。葦原中国は仰せのままに献上しましょう。その代わり、私の住まいとして、天津神の御子が政治を執り行う天の宮殿と同じ位の、地底の岩の上に宮柱を太く立て、高天原に届くような立派な宮殿を立てて下さるなら。私は片隅の国に身を隠しましょう。私の子の多くの神々は、八重事代主神を先頭に立たせ、しんがりとして統率するようにさせて下されば、天津神に背く者はないでしょう」と答えた。

●大国主神のために出雲国の多芸志の小浜に神殿を造り、水戸神の孫の櫛八玉神が料理人となり、御饗(みあえ=食事)を奉った。

●建御雷神は葦原中国の平定をなし終えると、高天原に復命した。

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